|
『汚された土地』ジェネラル・エレクトリック社によるPCB汚染(その1)
|
|||||||||
|
1997年11月
「朝、眼が覚めて気分の悪くない日なんて一日たりともないんだ。頭は痛いし、吐き気もする。とにかく毎朝毎朝調子が悪い。ちょっとこれをみてくれよ」こういってウィリアム・コワルツィクさんは合計して10種類ほどにもなる様々な薬の容器を持ってきてテーブルの上に並べてみせた。「これをすべて毎日飲まなくてはならないんだ。そうしないとやっていけない」 ボストンから車で西におよそ二時間半、ニューヨーク州との境界近くにコワルツィクさん一家の住む町ピッツフィールドはある。このマサチューセッツ西部に位置する人口4万7千程の町は、電化製品をはじめとして、飛行機エンジンやプラスチック製品など幅広い分野での製造をおこなう大企業ジェネラル・エレクトリック社(以下GEと略)の工場の町として過去数十年間繁栄を誇ってきた。しかし、最近になって、この町を潤してきた大企業が、長年にわたって毒性の高いPCB(ポリクロリネイテッド・バイフェニルス)を含む廃棄物を町の中心を流れるホーサトニック川及び工場付近に垂れ流していたことが発覚、さらに今夏にはいって、このPCBが工場の敷地のみならず、付近の住宅地の中庭などにも大量に含まれていることが明かとなった。住民達は騒然となったが、それに輪を掛けるようにボストン・グローブ紙が、GEはこの事実を知っていながら隠ぺいしていたという証拠となる内部メモの存在をすっぱ抜き、住民の怒りと不安は最高潮に達したのだ。こんな住民達の現状を取材するため、僕はレポーターのビルとともに2日間をピッツフィールドで過ごすことになった。 GE工場での生産がピーク時であった1940年から50年代には、およそ1万3千人程がこのピッツフィールドの工場で雇われていたという。ウィリアムさんもその工場の一つにクレーン・オペレーターとして28年間勤務してきた。彼は84年に工場近くの土地と家を購入、それから毎年中庭にはトマトやピーマンなどの野菜類が植えられ、多くの花も栽培された。ウィリアムさんは素手で土に触れ、大地の恵みは食卓を飾った。しかし今年7月におこなわれた調査で、彼の庭にも高濃度のPCB が含まれているということがわかってから、野菜の栽培はおろか土地はただのがらくた置場とかわってしまった。PCB は非常に発がん性の高いことが明らかになっており、それが混ざった土が皮膚に触れても人体に対する影響は大きいといわれる。ここ数年の間体の変調を訴えてきたウィリアムさんであったが、これでようやくその理由がわかったという。「工場内でクレーンを操っているときも天井から油のようなものがぽたぽた落ちてきて体中がべとべとになったこともあった。だけど会社の人間はそれはただの油だから大丈夫だ、なんて言っていたんだ」今考えるとそれは全くの嘘だったに違いない、と彼は会社の言葉を疑う。「これをみてごらんよ、どんな薬を飲んでみてももうずっと直らないんだ」そういってかれは両足のズボンをまくってみせた。足のすねの部分に無数の赤い斑点のようなかさぶたのようなものが出来ている。肌荒れがひどくなって血が出てきたような感じだ。「働いていたころも、配給された長靴の底が、2、3日履いただけで溶けてなくなってしまうんだ。ただの油の訳はないよな」これ以外にも彼は糖尿病、緑内障を患っている。彼の奥さんも頭じゅうに1センチほどの原因不明の出来物がある。彼等は数日後に血液検査などをおこなうことになっているが、ガンにかかっていないことを二人とも祈っているのだ。ウィリアムさんは続けた。「一番つらいのは。。。今2カ月になる俺の孫を抱いてやることが出来ないことなんだ」このわけのわからない皮膚病が感染する可能性が高いということで、彼は家族のなかにいても、同じ食器からものを食べることは出来ないし、シャワーの後も浴槽をすべて消毒しなければならないという。彼の娘で29歳になるティナさんも10年ほど前からひどい子宮内出血に悩まされており、彼女の息子の一人も脳に軽い障害がある。 ピッツフィールドにおける癌の発生率はマサチューセッツの都市と比べてべらぼうに高い。州のパブリック・ヘルス・デパートメントの調査結果をみても、ピッツフィールドにおいて、特に男性の膀胱癌の発生率は群を抜いて高くなっている。 「”売家”の看板のでているあの家では。。。」車体修理工場をいとなむビニー・カローさんは、彼のオフィスから通りを隔てたところにある家をさしてこういった。「旦那も奥さんも両方癌で亡くなった」それから彼はそこから数件ほど離れた家をさして、「あそこでは母親と若い娘が癌で亡くなったんだ。。。」この近所ではまるで癌で死ぬことが当たり前であるように彼の口から癌でなくなった人の名がぽんぽんと出てくる。この近所は”レイクウッド”とよばれるセクションで、このセクションの川を隔ててすぐ向こう側はGEの工場になっている。「僕も9年前、膀胱が破裂して腹膜炎になったんだ」ビニーさんは淡々と話し始めた。「そのときはPCBのことなんか全然頭になかったんだけどね。。。」最近の検査によって、彼の工場の敷地からも高い濃度のPCBが検出されている。彼の父親はGEの工場で38年間働いたベテランであったが、65歳になる誕生日の4日前に亡くなった。すい臓癌が原因だった。この父親の弟もまた癌にかかっており、さらにその息子も34歳の若さで癌のため亡くなっている。「正直なところ、PCBが僕らの病気の原因になっているという確かな証拠はないんだ。でも、どう考えても異常だし、その疑いは日に日に強くなっていくよ」ビニーさんの息子夫婦はPCBが検出されると、とてもこんなところで子供を育てられない、といってフロリダに引っ越してしまった。汚染のためその価値がほとんどゼロとなってしまった土地を売るわけにもいかず、選択の余地もなくビニーさん夫婦はこの土地に残っているが、これは彼等に限ったことではない。この付近の住民の多くは、この土地を去ろうにも去れず、癌の恐怖におびえながら毎日を過ごしているのだ。 (次号に続く) |
||
|
|
||
copyright(c)Kuni Takahashi