「アフガニスタン:終わらない地雷との戦い」
「ドカンという音とともに、一瞬眼の前が暗くなって、僕は地面に倒れてしまった。ふと意識が戻ってそこから逃げ出そうとしたときに、もうひとつ地雷を踏んでしまったんだ。。。」
アフガニスタンの首都カブルにあるアリアバッド整形外科センターで出会った15歳のモハメド・マリック君は、1ヶ月前に起こった事故のことを話してくれた。カブル空港そばの空き地で薪拾いをしているときに、彼はなんと2つの地雷を踏み、両足を失ったのだ。
「あの空き地に地雷があるとは思っていなかったよ。地雷注意の看板も立っていなかったし。。。」
センターで医師の診断をうけながら、彼は苦痛に顔をしかめていた。両腕や腹部についた傷がまだ生々しく残っている。切断された足の傷が固まっていないために、義足をあてがえるようになるまでにはまだ1ヶ月程かかるという。
赤十字国際委員会によって運営されるこの整形外科センターには、地雷や不発弾によって身体の一部を失い、リハビリのためにやってくる患者が現在もあとを絶たない。
10歳のファマヌーラ君もその一人だ。彼はパキスタンとの国境から60キロ程離れたベルマールという街の出身だが、この地域ではパキスタンから国境を越えて入ってくるイスラム過激派と米軍の間で依然として戦闘が続いている。ファマヌーラ君は、落ちていた不発弾で遊んでいるときにそれが爆発し、左手全部、右手指に左足、そして片目の視力を失った。
国連によれば、現在アフガニスタンの2300以上の村や街に住むおよそ400万人がいまだに置き去りにされた地雷や不発弾の脅威に晒されており、それらによる死者や怪我人の数はひと月あたり100人に及ぶという。1979年から10年間にわたったソビエト侵攻、そしてそれに続く内戦と、20年以上の戦乱の傷跡が、こんなかたちでも残されているのだ。
このような状況だから、地雷の撤去作業は国の再建のための重要な役割を担っている。国内外の19の組織が提携し、国連によって統合されたアフガニスタン地雷対策計画は世界でも最大規模の地雷撤去組織だ。資金の多くは外国からの援助でまかなっているが、実際に地雷原で働くのはほぼすべてアフガニスタン人である。
地雷の撤去は、危険なうえに、非常に根気を要する作業でもある。犬や金属探知機をつかって場所の見当をつけると、そこを刺し棒のようなものを使って、30度の角度で少しずつ慎重に掘り進んでいく。それより角度が大きいと地雷が起爆してしまう恐れがあるからだ。通気性のない防護ベストやヘルメットをつけ炎天下で働くのはかなりの労働だ。彼らの給料は諸手当込みで月におよそ3万5千円ほど。それでも一般公務員の基本給料は5000円弱だから、その数倍にあたる。
地雷除去作業歴10年以上のシャー・ザダさんはこういった。
「20年以上にわたって続けられた戦争のために、この国では今でも多くの地雷や不発弾が眠っているんだ。国民がそれぞれできることをしなくてはならないだろう?僕はアフガニスタン人として国の再建に貢献したいし、この仕事にやりがいを感じているよ」
確かに悪くはない給料のためということもあるだろうが、それだけでは自らの命を危険に晒してまでこの仕事を続けていけないだろう。彼のような使命感をもった人々の努力によって、地雷による犠牲者の数は減ってきた。しかし、アフガニスタンから現在確認されている対人地雷を除去するだけでもさらに8〜10年近くを要するといわれる。
僕が前述のモハメド・マリック君の家を訪ねたとき、彼は僕に一枚の写真をみせてくれた。そこにはまるで体操選手のように、長い足を180度に広げたまま床に座りポーズをとるモハメド君の姿が写っていた。
「カンフーを習っていたんだ。とても好きだったんだけどなあ。。。」
ソビエトは撤退し、内戦も終わりを告げた。しかし、地雷や不発弾がすべて除去されない限り、モハメド君のような「戦争の犠牲者」はこれからも生まれ続けるだろう。