(イラク侵攻米軍同行レポート 最終回)
「戦争の犠牲者」

従軍カメラマンとして戦争を取材することは、自分の立場をほぼ全面 的に米軍側に委ねることも意味していた。米軍に守られながら移動し、食事をし、眠り、そして何より、一旦戦闘が起これば、イラク側に向かって発砲する米兵に密着しながら、ある意味で彼等に守られながら撮影をしてきた。僕のレンズは常に米兵が見るものの方向を向いていた、ともいえる。

このような物理的な側面 に加え、従軍のもたらす精神的な影響も大きかった。兵士達と過ごす時間が長ければ長くなるほど、彼等との精神的な結びつきも強まっていったからだ。このような条件では、たとえ自分がどんなに中立的な立場からの取材を試みようと思っても、それは土台無理な話だった。僕ら報道に携わる者も所詮は人間である。寝食を共にしていれば兵士達ともそれなりに親しくなるし、中には友人のようにさえなる者達も出てくる。戦闘中はやはり彼等には怪我などして欲しくないと思うし、親近感があるだけ、頭ではその是非を分かっていても、彼等とイラク兵を対等に「感じる」のが難しくなってしまうのだ。前線で撮影している時、イラク軍の撃ったロケット弾が僕らの足下から10メートルほど先に落ちてきたことがあった。その時はさすがに自分の命も関わってくるだけあって、それを撃った姿の見えないイラク兵に対して、僕の中に憎悪の気持ちさえもが湧き起こってきたことを憶えている。いざ究極の場面 に立たされてみると、頭の中では報道者としての僕の立場を理解していても、それとは裏腹に、僕の心情はイラク兵を「敵」としてみなす米兵のそれとあまり変わりのないものになっていたのかも知れない。

僕ははじめから一貫して戦争には反対だし、今でも今回の米軍によるイラク侵攻は間違っていたと思っている。戦争が始まってしまってからも、本当に報道されるべきものは、米軍の戦闘の様子などではなく、この侵攻によってイラクの一般 市民達が被る被害であると考えていた。勿論その考えは戦争の終わった今でも変わってはいないが、仕事の成り行き上米軍に従軍することになり、彼等と同じ視点からこの侵攻を見てきたことによって、自分がそれまで見えていなかったものに気付かされたということも事実であった。

僕は当初、米軍に従軍することについてあまり乗り気ではなかった。従軍によって失われる行動の自由が一番の問題だったが、潜在的に「米軍=(イコール)悪の存在」という気持ちが僕の中にあったこともある。しかし実際に従軍して気付いたのは、「米軍=悪」ではあっても、一人一人の米兵に関して、「米兵=悪」という訳ではないということだった。悪の根源はこの理不尽な戦争をゴリ押ししたブッシュ大統領であり、彼の横暴を容認する米政府であり、更に行動をして実現する組織としての米軍である。しかし米兵個人についていえば、彼等もまた戦争の犠牲者なのではないか、そんな風にさえ考えるようになったのだ。

僕の接した海兵隊員達のほとんどは18歳から23歳くらいの若者達で、その多くは今回が初めての戦争体験である。そんな彼等から僕はよくこんな質問を受けた。「戦争取材のために、特別 ボーナスとかは出るのかい?」他の新聞社はいざしらず、僕の場合、戦争取材だからといって特にボーナスをもらうことはなかったので、「いや。ボストンでレッドソックスの試合を撮ってても、ここで君たちと一緒に砂漠で弾の下走り回ってても、給料は一緒だよ」。それを聞いて彼等は大概びっくりしていたものだった。金を稼げる訳でもないのに、好き好んでこんなところに来る奴がいるのだろうか! そんな感じだったのだろう。僕は志願してイラクへやってきた。戦場を自分の眼で見て、写 真に納めたかったからだ。ここに来ているジャーナリスト達の多くも、同じ気持ちだったと思う。しかし彼等兵士達にとっては、戦うことはあくまでも義務にすぎなかった。勿論例外は存在するだろう。しかし少なくとも僕の出会った中では、「戦いたくてここまでやってきた」そう言った兵士は一人もいなかったし、彼等はいつも早く仕事を済ませて家に帰りたい、とこぼしていたものだ。要するに彼等にとって、戦いは家へ帰るために避けられない必要条件なものに過ぎなかったのではないだろうか。

兵士達について印象深かったことに、子供の出産を控えた兵士達が多かった、ということがある。「今年の7月に生まれる予定なんだ・・・それまでには帰りたいな」若い未来の父親達のこんな願いを僕は幾度となく聞いた。戦場で彼等にもしものことがあったら・・・彼等の帰りを待つ妻達の胸中は察するに余りあるところだろう。

戦争は人を傷付け、殺し、そして家庭を破壊する。戦いの中に身を置く者達にとって、その度合いの違いはあるにせよ、悲劇は避けることのできないものだ。単なるチェスの駒として動かされる戦場の兵士達には、選択の自由など残されてはいない。彼等の運命を決めるのは、自分やその家族が戦場で銃弾に当たることなど心配する必要もない、政府や軍の高官達である。

戦争の犠牲者という意味では、アメリカ兵もイラク兵もそう変わりはない。

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