|
(イラク侵攻米軍同行レポートその2) 僕はこの朝、ニューズウィーク・マガジンのカメラマンであるゲリーと共に、川沿いのバンカーに身を沈めながらイラク側に対峙する海兵隊兵士を撮影していた。数キロ後方から砲兵隊が発射する155ミリの砲弾が向こう岸に着弾する度に、耳を裂くような爆音と共に土や石が高く舞い上がり、砲弾の破片までもが時折真近に降り落ちてくる。突然、例の風を切るようなの高音が頭上を横切り、次の瞬間びくりと体を振るわせるような振動と共に道路の向かい側で大爆発が起こった。僕らの立っていた位
置から20メートルほどの距離に砲弾が落ちたのだ。そこはちょうどいい具合にレンガの壁が残っており銃弾から身を守るのに好都合だったため、少なくとも30人ほどの米兵達がいるはずだった。「Shit!
It's friendly!(くそったれ!味方からの誤爆だ!)」誰に対してともつかない悪態を口走りながら、爆発で吹き上げられた土ぼこりの中を着弾現場に駆け寄った僕らの眼に入ってきたのは、まるでへばりつくように地面
に横たわった一人の米兵の姿だった。無惨にも血で覆われた頭部はほぼ胴体から切り離されかけており、一目ですでに息絶えていることは明らかだ。あまりに露骨すぎて新聞で使えるような写
真でないのは承知しながらも、これを記録しなければ、という思いでカメラを向けてシャッターを切る。兵士たちの叫び声が飛び交い、あたりは混乱していた。やや遅れて集まってきた他のカメラマン達と顔を見合わせながら、僕は眼の前に起こったことがまだ信じられずにいた。海兵隊自らの手によって味方の兵士2名が死に、数名が負傷した。従軍してから2週間半、僕は初めて米兵の死を目前にしたのだった。 30分程経ったであろうか。また興奮の覚めやらない僕は、通
りに放置してあったプラスチックの椅子に腰掛け、たった今起こった出来事について考えていた。今朝ここに来た時に、僕は道路の東側を選んで撮影を始めた。それは単に川向こうとの間に障害物がなく、見晴しが良かったというだけの理由に過ぎない。もし僕が撮影する前に、誰か兵士と話をしようと思っていたなら、兵士達の集まっていた道の西側に行っていたはずだ。そしてその数分後、その西側に砲弾は落ちた・・・こんな運命のいたずらが、僕はいま戦場に来ている、という冷徹な現実をまざまざと眼の前に見せつけてくれたのだった。
しかし兵士達には仲間を失った悲しみに浸っている余裕などないようであった。誤爆から2時間とたっていないうちに、ディヤラ川を越える作戦が強行されたのだ。 なんとしても海兵隊のバクダット侵攻を防ぎたいイラク軍は、数日前に橋の一部を破壊していた。そのため戦車をはじめとする海兵隊の車両は橋を渡ることができずに足留めを食っていたのだが、マッコイ大佐はまず歩兵を投入し向こう岸を制圧したあと、車両用に浮き橋を架ける策に出たのだ。最初に10人ほどの兵士達が2人ずつ組になって、破壊された橋の部分に架ける鉄板を担ぎ走りだした。そしてその後を歩兵達が次々と続いた。初めのグループが橋に向かって走り出すと共に、僕が生まれてこのかた経験したことのないような炸裂音が鼓膜を襲ってきた。あらゆる方向から発砲される援護射撃のマシンガンの音がイラク側からの銃声と混ざりあって、もう銃の発砲音以外は何も聞こえないような状態だ。とにかく写
真を撮らなくてはならない僕は、もうどうにでもなれという感じで、身を低くしながら兵士達と一緒に橋の上に飛び出した。途中仰向けに横たわったイラク人の屍が目に入る。その横を走り抜ける兵士達の姿を数枚撮った後、再び向こう岸に向かって走り出す。鉄板のかけられた橋の破壊部分まで来ると、そこには2人の兵士が膝をつき、あらん限りの声で叫びながら橋を渡る歩兵達を誘導していた。「Come
on! Let's go!!!!(行けーっ!、行けえーっ!)」 ディヤラ橋を渡りバグダットに入ってからも、建物から建物へと走り、そして地面
を這いながら兵士達は進み続けた。この辺りになると、雑草が生い茂りヤシの木が生えていたりして、砂漠の景観からはだいぶ異なったものになっている。青々と茂った雑草の中を進む兵士をファインダー越しに覗きながら、まるでどこかで見たベトナム戦争の時の写
真のようだな、僕はそんなことを考えていた。 僕が報道写真家を目指すことになったそもそものきっかけは、ベトナム戦争で名をあげた戦場カメラマン、沢田教一の生き方に憧れてのことであった。しかしそれから十数年が経ち、なんとかプロとして食べていけるようになってからも、沢田さんの見たような「戦場」に足を踏み入れる機会はなかなか訪れなかった。南アフリカ、ハイチ、アルバニア・・・それなりに危険の伴う取材ではあったが、戦う兵士と一緒に前線を走り、這う・・・僕が頭に描いていたそんな戦争とは違っていた。いつかは戦場というものを自分の眼で見て、感じたい。そして沢田さんのような写
真が撮りたい・・・そんな願いを持っていた僕にとって、今回のイラク行きは絶好の機会だった。 の送稿を終え、今日の戦闘を撮った写
真を通して回想しながら、僕はふと思った。 (写真) |
||||||||